「こんな理不尽、法律で罰してほしい!」養育費を払わない元配偶者に対し、そう憤るのは当然でしょう。
実のところ、日本では「養育費の不払いそのもの」を直接取り締まる法律は存在しません。

法律上、親には離婚後も未成熟の子を扶養する義務(民法877条)があるにもかかわらず、支払いを怠っても犯罪にはならない現実…これを知ったとき、多くの母親が愕然とします。
ふと、海外に目を向ければ、日本の遅れが浮き彫りになります。
例えばスウェーデンでは未払い養育費を国が立て替えた上で父親から回収してくれる制度がありますし、アメリカでは養育費を払わない親の運転免許やパスポートを停止するといった州もあるそうです。

養育費不払いと戦う法的手段
「罰則がないなんて納得できない。それじゃ踏み倒し放題じゃないか!」と感じるかもしれません。
それでも法は「支払わせるための仕組み」をちゃんと用意しています。

1.家庭裁判所による履行勧告・履行命令
養育費の取り決め(公正証書や調停調書など債務名義)がある場合、まず利用できるのが履行勧告という制度です。
これは離婚調停を行った家庭裁判所に申し出て、裁判所から支払いを促してもらうものです。
電話一本で申立てでき、費用も無料なので、元夫が支払いを渋ったらまず試す価値があります。

「裁判所」が出てくると人はビックリするものです… ゴクリ。
それでも支払われない場合、履行命令の申立てに進みます。
履行命令とは「◯月◯日までに△△円を支払え」と期限を区切って支払いを命じる家庭裁判所の措置です。
れには収入印紙代500円ほどの費用がかかりますが、正当な理由もなく履行命令に従わなければ、10万円以下の過料(罰金)が科されるため、相手に心理的プレッシャーを与える効果は絶大です。
実際、私がサポートしたケースでも「罰金?犯罪になるのか?」と元夫が青ざめ、慌てて養育費を支払ったことがありました。

2.強制執行(差し押さえ)で財産を取り立てる
養育費を払わない相手には、法律に基づいて、給与や預金口座などを差し押さえる強制執行の手続きを取ることが可能です。
これは家庭裁判所に申し立てて行います。
例えば会社員の元夫であれば、その給与を差し押さえることで、毎月自動的に養育費が天引きされるようになります。
不動産や自動車、銀行預金があればそれも差し押さえて回収できます。

強制執行はまさに泣き寝入りしないための伝家の宝刀と言えるでしょう。
ただし、強制執行を行うには前提として債務名義(強制執行ができる公的な文書)が必要です。
離婚時に公正証書を作成していなかったり調停・審判で取り決めをしていない場合、まずは家庭裁判所で養育費の調停を起こし、債務名義を取得しなければなりません。
私の別の依頼者Aさんは、離婚協議書だけで公正証書を作っていなかったために債務名義がなく、元夫に強制執行できるまでに大幅な時間を要してしまいました。
このとき私は「せめて離婚前に公正証書を作成していれば…」と悔やみ、以来すべての相談者に公正証書化を強く勧めています。

チェック 強制執行やり方や手続き方法についてはこちらで詳しく解説しています。
3.新しい法律の武器:財産開示手続と第三者からの情報取得
強制執行の効果は絶大ですが、相手の財産の所在がわからなければ絵に描いた餅となってしまいます。
元夫が転職先を教えてくれない、預金口座がどこにあるか検討もつかない…そんな壁に何度もぶつかったのも事実です。
しかし2020年(令和2年)以降、その壁は大きく崩れました。

財産開示手続とは、養育費を払わない債務者本人を裁判所に呼び出し、その財産状況を申告させる制度です。
改正前から存在はしていたものの、出頭せず無視したり嘘をついて資産隠しをする人も多く、罰則も30万円以下の過料と弱かったために「罰金払ってでも隠し通した方が得」と開き直る不届き者もいました。
そこで改正民事執行法では、この罰則を大幅強化し、財産開示を無視・虚偽申告した場合は「6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金」という刑事罰が科されることになったのです。
実刑になれば前科が付くため職を失うリスクもあります。
「養育費ごとき払わなくても罪にはならないだろう」と高を括っていた元夫にとって、この改正は大きな心理的圧力になるでしょう。

「会社にバレたら困る、もう勘弁してくれ」と泣きを入れてきたのです。
さらに、この改正により第三者からの情報取得制度も新設されました。
これは債務名義さえあれば、銀行や証券機関、市区町村役場や日本年金機構などから、直接に債務者の財産に関する情報を取り寄せられる仕組みです。
要するに、相手に頼らずとも裁判所を通じて元夫の勤務先や預貯金口座、不動産などを突き止めることが可能になったのです。
例えば2022年、居場所を転々と変えて音信不通だった元夫相手に、年金事務所照会で新たな勤務先を割り出し、直ちに給与差し押さえに踏み切ったケースがあります。
突然の給与差押えに元夫は「まさか職場まで知られるなんて…」と大いに焦っていましたが、これも改正法のおかげです。

以上のように、直接的な刑事罰こそ無いものの、法律はさまざまな角度から養育費不払いに対抗する手段を提供しています。
ポイントは「泣き寝入りせずに法的手続きを活用すること」です。
手続きが難しそう…と尻込みする方もいますが、私たち弁護士という伴走者もいます。

改革と希望:進む法改正がもたらす光
養育費をめぐる法律は、さらに心強い方向へと動き始めています。
2024年5月、民法等の改正法が成立し、2025~2026年にかけて新たな制度が施行される予定です。
私はこのニュースを聞いたとき、思わず小さくガッツポーズをしました。
現場で悔しい思いをしてきた弁護士として、「これで救われる親子が増える!」と感じたからです。

法定養育費の新設
まず注目すべきは「法定養育費」という仕組みが創設されることです。
これは離婚時や離婚後に養育費の取り決めがない場合でも、法律上最低限これだけは支払うべきという額を請求できるようにするもの。
簡単に言えば、「親の合意がなくても法律で定められた最低額の養育費は払わなければならない」というルールです。
例えば、これから省令で定められる額が月5万円だとすれば、話し合いがまとまっていなくても5万円だけは請求できることになります。
この法定養育費はあくまで正式に取り決めができるまでの暫定措置とはいえ、合意がなくても最低限の養育費を確保できるのは画期的です。
実際、私は「元夫が話し合いに応じてくれず、1円ももらえないまま…」という相談を数多く受けてきました。

チェック 法定養育費制度についてはこちらで詳しく解説しています。
先取特権の付与
さらに、この法定養育費の部分については「先取特権」という強力な権利が与えられる予定です。
先取特権とは、他のどんな借金よりも優先して相手の財産から回収できる権利です。
しかも通常必要な債務名義なしに強制執行が可能となります。
つまり法定養育費の範囲に関しては、未払いが発生したその時点で直ちに差し押さえに着手できるようになるのです。
従来はまず裁判所で債務名義を取るだけでも時間がかかりましたが、それを待たずに動けるのは非常に大きい。
まさに「子どもの生活費を途切れさせない」ための強力な武器と言えます。

チェック 養育費の先取特権についてはこちらで詳しく解説しています。
調停・訴訟手続の改善
他にも、養育費を決める調停や裁判の場面でも改正がなされます。
これまでは裁判所が収入証明の提出を促しても出さない親がいて話し合いが長引くことがありました。
改正後は裁判所が当事者に収入資料の開示を命令できることになり、正当な理由なく従わなければ、10万円以下の過料(罰金)を科す規定が新設されました。
提出しぶりやウソの申告を許さず、迅速に適正額を算出するための措置です。
さらに強制執行の手続も簡素化され、一度の申立てで財産開示から差押え命令の申立てまで進められるようになります。

こうした改正全体の目的は明確です。
「子どもの生活に欠かせない養育費を、一日でも早く確実に渡るようにする」ことです。
裏を返せば、支払わない親に対しては今まで以上にスピーディーかつ確実に資産を差し押さえられるリスクが高まるということでもあります。
私も現場の人間として、この流れには大いに賛同します。
法改正により、もう「逃げ得は許さない」という強いメッセージが発せられているのです。
もちろん、新制度が軌道に乗るまで細かな課題もあるでしょう。
しかし、国レベルで養育費不払いにメスが入った意義は計り知れません。
