希望の兆し: 法定養育費制度成立の背景について
2024年5月17日、永田町の国会議事堂にて歴史的一歩が記されました。
戦後間もない1947年の民法大改正以来、実に77年ぶりとなる離婚後の子の養育に関する抜本的見直しを盛り込んだ改正民法が成立したのです。
パチパチッと拍手が起こる中、私もニュース中継を見ながら「これで現場の苦しみが少しは報われるかもしれない」と胸が熱くなりました。
今回の改正法(令和6年法律第33号)では、メディアで注目された共同親権の選択制(離婚時に父母が共同か単独か親権を選べる制度)だけでなく、養育費の不払い問題に真正面から挑むための法定養育費制度が創設されています。

なぜ今、このような制度が必要とされたのでしょう?
この背景には、養育費不払いの深刻さがあります。
離婚後も子どもを育てる費用は継続的にかかるにもかかわらず、現行制度では父母間の自主的な取り決めに頼らざるを得ず、取り決め自体しないまま離婚が成立してしまうケースが後を絶ちません。
それに対し、「取り決めがなくても法が一定額の養育費を発生させるようにしよう」というのが法定養育費制度の狙いです。
極端に言えば、離婚届に養育費の欄を書かずに提出したその瞬間から、法律が強制的に「子どものためのお金」を発生させてくれるイメージです。

もちろん、この法改正に至るまでには「そもそも夫婦間の合意なしに強制するのはどうか」という議論もありました。
しかし最終的には「子どもの最善の利益」を最優先するべきとの観点から、国会はこの挑戦的な制度を実現させました。
「子どもに罪はない。だから親は離婚しても共に育児の責任を果たすべき」その当たり前だけれど大切な理念が、法律という形で明文化されたのです。
私はこのニュースを聞いた日、事務所でスタッフと乾杯しました。
何せ「ようやく来たか!」という思いだったのです。

次で具体的に見ていきましょう。
法定養育費制度の仕組みについて
「法定養育費制度」とは、離婚時に養育費の取り決めをしなかった場合でも法律上当然に一定額の養育費支払義務が発生する仕組みです。
簡単にいえば、「養育費について何も決めずに別れたら、その瞬間から自動的に決まった額の養育費が発生する」というものです。

法定養育費発生のタイミング
離婚が成立した日から、自動的に法定養育費の支払義務がスタートします。
現在の裁判実務では、養育費の支払開始時期は請求時とされていますが、この制度では請求の有無にかかわらず離婚時とされている点が画期的です。
法定養育費を請求できる人
子どもと一緒に暮らし、主に監護養育している親(多くの場合お母さん)が、子と離れて暮らす親(多くはお父さん)に対して請求できます。
協議離婚に限らず、裁判離婚や婚姻無効・離婚取消、認知によって親子関係が法律上成立した場合も含め、改正法施行後に離婚・認知したすべての場合で適用されます。
要するに、改正民法施行後に離婚したり未婚の父が認知したりした場合は、離婚日(または認知日)から子を引き取って育てている親に法定養育費の権利が発生するということです。
「離婚時に取り決めしなかった理由」は問われません。

法定養育費の支払額と方法
支払額は毎月末にその月分を支払う形で、具体的な金額は今後法務省令で定められます。
法律の条文上は「子の最低限度の生活の維持に要する標準的な費用」を勘案して算定するとされています。
平たく言えば、子どもが最低限の生活を送るのに必要な平均的コストに基づいて金額が決まる見込みです。
例えば年齢別の平均食費や衣服代、教育費の一部など、統計データに基づいた「子供ひとり当たり○○円」というベース金額が想定されます。
実際にいくらになるかは現時点では未定ですが、数万円程度との観測もあります。
「一体どれくらいの額になるの?」と気になりますよね。
しかし安心してください、法務省が専門家の議論を経て妥当な水準を示す予定です。

法定養育費の支払期間(終期)
法定養育費はいつまで支払えば良いのでしょうか?
法律では、次のいずれか早い時点で終了すると定められています。
- 父母が正式に養育費の取り決めをしたとき
- 家庭裁判所で正式な養育費の審判が確定したとき
- 子どもが18歳に達したとき
要するに、子どもが成人(18歳)になるまでが上限ですが、それより前に父母間できちんと合意や裁判所決定を得たら、その時点で法定養育費の役目は終わります。
毎月支払われるこの「法定養育費」は、あくまで暫定的・補充的な措置であり、本来望ましいのは父母できちんと話し合い、収入や子供の必要に応じた適正額を決め直すことだとされています。

また、法定養育費が導入されたからといって「もう話し合いなんて不要!全部法律任せでいいや」と考えるのは早計です。
次で詳しく述べますが、この制度は魔法の解決策ではなく、あくまでスタートラインに過ぎないのです。
ちなみに、改正民法は2026年5月までに施行される予定で(具体的な施行日は政令で定められます)、遅くとも2026年5月23日までには新制度が始まる見込みです。
2024年5月24日の公布から2年以内という期限があるためで、現在着々と準備が進められています。
「じゃあ令和8年(2026年)になる前に離婚しちゃった人はどうなるの?」と疑問に思いますよね。
残念ながら、改正法の効力発生前に離婚した場合には法定養育費は適用されません。
例えば今この記事を読んでいる時点(2025年)ですでに離婚済みの方は、この制度の恩恵を直接には受けられないのです。
「なんだ、それじゃ私には関係ないの?」と落胆する声が聞こえてきそうです。

2026年から始まる法定養育費制度の課題
煌びやかに見える新制度にも、実は思わぬ盲点や限界が存在します。
「法律で強制徴収してくれるなら、もう安心!」と飛びつきたくなる気持ちは分かりますが、現実はそこまで単純ではありません。

一緒に確認してみましょう。
① 支払能力がなければ結局ゼロ?
法定養育費は法律上自動的に発生しますが、だからといってお金が魔法のように湧いてくるわけではありません。
極端な話、支払う側の親に収入が全くなかったり、生活保護レベルで困窮していたりする場合、どうなるでしょうか?
実はそのような場合では、支払義務者(養育費を払う側)は「法定養育費の全部または一部の支払いを拒むことができる」とされています。
具体的には、「収入が非常に低くとても払える状況にない場合」や「支払うと自分の生活が成り立たなくなる場合」(例:生活保護受給中など)は、支払い免除の条件に当てはまります。
ですから、例えば元夫が失業中で無収入だったり、重病で働けず生活保護を受けていたりすれば、「法定養育費を払え!」と請求しても法律上認められない可能性があります。

この点はシングルマザー側からすると歯がゆいところでしょう。
「結局、お金がなければもらえないのか…」と落胆するかもしれません。
しかし、これは公平の観点からやむを得ない側面でもあります。
収入が極端に少ない人にまで一律に支払いを強制すれば、今度はその人自身が路頭に迷いかねません。
実際、私のクライアントでも元夫が病気で働けず、養育費請求を断念した方がいました。
そのとき私は、「法律だけでは解決できない現実もある」と痛感したものです。

② 自動徴収ではないことに注意!
「法律で定められた額なんだから、役所が自動的に口座から引き落としてくれるのかな?」
いいえ、残念ながらそこまで親切な仕組みではありません。
それでも以前よりは大幅に楽になりますが、実際には請求権者である母親側が「法定養育費を請求する」というアクションを起こす必要があると考えられます。
法定養育費は「請求すればもらえる権利」であって、何もしなくてもお金が振り込まれるわけではないのです。
おそらく施行後には、請求にあたって簡易な手続(例えば内容証明郵便で「法定養育費を請求します」と通知するとか、家庭裁判所に書類を出す等)が整備されるでしょう。
そこで、相手が自主的に払わない場合は、結局のところ「差し押さえ等の強制執行手段」に訴える必要があります。
「え、それじゃ今までと同じで大変なのでは?」と思いますよね。
ご安心ください、次で述べるように強制執行のハードル自体が下がるのです!
誤解してほしくないのは「法定養育費=役所がお金を立替えてくれる制度ではない」という点です。
海外には国が一時的に立替払いする制度を持つ国もありますが、日本の今回の改正にはそこまでは含まれていません。

③ 子どもの成長や特別な事情は反映されない
法定養育費は標準的な最低コストに基づく定額です。
裏を返せば、子ども個別の事情までは考慮されないということです。
例えばお子さんに障害があって特別な医療費がかかる場合や、私立学校に通っていて学費が高額な場合でも、法定養育費は一律の基準額しか請求できません。
その額では到底足りない場合も十分考えられます。

実際、私が扱った案件でも「大学進学費用まで含めた養育費」を公正証書で取り決めたことがありました。
当然ながら、そうした個別の厚遇は法定養育費には含まれません。
だからこそ大事なのは、最終的に父母できちんと話し合って適切な養育費を決め直すことなのです。
法定養育費制度ができても、「養育費の取り決めは双方の合意や裁判所の判断で詰めるべき」という原則は変わりません。
むしろこの制度をきっかけに、「最低限は法律が面倒見るから、あとの上積みはちゃんと話し合おう」という流れになるのが理想です。
私自身、依頼者には「法律任せにせず、本当は公正証書などできちんと取り決めましょう」と伝えるでしょう。
昔、安易に口約束で済ませて痛い目を見た夫婦を何組も見てきたからです…その教訓を活かしたいものです。

養育費を確実に受け取るための新たな仕組み
「取り決めがなくても請求できるようになる」のと同じくらい重要なのが、「取り決めた養育費をちゃんと払ってもらう仕組み」の強化です。
せっかく法定養育費が発生しても、相手が無視し続けたら絵に描いた餅です。
それを防ぐため、改正法では養育費の履行確保に関する画期的な措置も導入されます。
それが「先取特権(さきどりとっけん)」と執行手続きの簡素化です。

参考 養育費の先取特権についてはこちらで詳しく解説しています。
養育費債権への「先取特権」付与
先取特権とは、特定の債権について他の債権者に先んじて弁済を受けられる優先権のことです。
今回の改正で、なんと養育費の支払請求権に先取特権が認められることになりました。

一言でいうと、養育費が未払いとなった場合に、他の債務よりも優先して差し押さえによる回収ができるという強力な権利です。
現在でも公正証書や調停調書といった債務名義があれば強制執行はできますが、取り決めを文書化していなかった場合はそもそも差し押さえできませんでした。
しかし改正法施行後は、離婚時に交わしたメモ書き程度の父母間の合意文書に基づいてであっても、公正証書などの正式な債務名義がなくても差し押さえが可能になります。
たとえば、「毎月3万円払います」と書いたLINEのスクショや簡易な契約書でも、支払いが滞れば給与や財産を差し押さえできる道が開けるというイメージです。

この先取特権のおかげで、養育費の支払確保に関する従来の「抜け穴」をかなり塞げるでしょう。
かつて私が担当したあるケースでは、離婚協議書を交わしただけで公証役場へ行かなかったために、元夫が払わなくなった後の差し押さえができず泣き寝入り…という悔しい経験がありました。
今後は同じ轍を踏む人が減ると考えると、弁護士として本当にホッとします。
なお、先取特権が使える養育費の額(範囲)についても法務省令で定められる予定です。
おそらく法定養育費相当額や一定月数分など、回収に優先権を付ける範囲を決めるのでしょう。

執行手続きのワンストップ化・情報取得の容易化
もう一つの大きな進歩は、裁判所を通じた強制執行手続きの簡素化です。
今までは、相手の勤務先を知らなければ給与差し押さえもできず、役所に問い合わせても個人情報保護の壁が厚く…と何重にも手間と時間がかかっていました。
しかし改正法のもとでは、例えば家庭裁判所が、養育費支払義務者(払う側)に収入や財産の情報開示を命令できる制度が新設されます。
「隠れてバイトして収入を誤魔化しているんじゃないか?」と疑っても追及できなかった現状から、きちんと公的に相手に明らかにさせることができるようになるのです。

現在は、まず「債務者を相手取って財産開示手続きを申し立て」→「判明したら別途差し押さえ命令」という具合にバラバラの手続きでした。
改正後は、一回の申し立てで「財産開示」「市区町村など第三者からの情報提供命令」「判明した給与の差し押さえ命令」という一連の処理をワンストップで申請可能になる見通しです。
例えば元夫の勤務先が分からなくても、市区町村(住民税などの情報を持っています)に給与情報を照会してもらい、その給与を即座に差し押さえる…といったことが一度の申立てでできてしまうわけです。

これらの新手続きにより、養育費未払いによって子どもの生活が脅かされる事態をいち早く防止できると期待されています。
同時に、情報収集や差し押さえのプロセスが簡潔になることで、裁判所や自治体の負担も軽減される効果も見込まれます。
まさに現場のニーズを踏まえた実践的な改善策と言えるでしょう。
なお、これらの履行確保策(先取特権や執行手続の強化)は、新制度施行後に取り決められた養育費や法定養育費に対して適用されます。
既に取り決めている養育費については、施行後に支払期の来る分から先取特権が及ぶとのことです。
つまり、今養育費を受け取っている方も、施行後はより強力なバックアップが得られる可能性が高いということです。

養育費問題に悩むみなさんへ
最後に、シングルマザー・シングルファーザーの皆さんへ弁護士としての率直なメッセージと提案をお伝えします。
法定養育費制度の導入は、子育てと生活の不安を軽減する大きな希望です。
ですが、この制度はゴールではなくスタートです。

まず、「声を上げること」を恐れないでください。
法定養育費のおかげで、養育費を請求するのはあなたの正当な権利であり、子どもの当然の権利です。
遠慮したり「あの人に悪いかな…」なんて思う必要はもうありません。
法律が「もらっていいんだよ」と背中を押してくれています。
次に、できるなら適切な養育費の取り決めに挑戦しましょう。
法律が最低ラインを保証してくれますが、子どもにとってベストな支援額は各家庭で異なります。
勇気を出して話し合いや調停を利用し、お子さんにとってベストなサポートを勝ち取ってください。
きっと未来のあなたが「諦めずに動いてよかった」と微笑む日が来るでしょう。
もちろん、相手との直接交渉が難しい場合は、私たち弁護士や公的な支援機関を頼ってくださいね。

私はこれからも全力で寄り添い、支えていくことをお約束します。
共に前を向いて進んでいきましょう。