2023年の秋、北九州市の法律相談会で、一人の母親が青ざめた顔で私の前に座りました。
彼女は中学生の娘さんを育てながら、元夫から3年以上も養育費を受け取れていない状態でした。
面会のたびに元夫から「今月は厳しくて…」と言い訳され、ズルズルと月日が過ぎてしまったようです。
それでも何とかやり繰りしてきましたが、カレンダーを見ると未払い期間はもうすぐ5年。
彼女は「時効で消えてしまうのでは」と唇を震わせました。
私は机越しに彼女のこわばった手を見つめ、焦燥感と戸惑いが痛いほど伝わってきました。
彼女の目には涙が浮かんでいました。
実際、未払いの養育費には5年の請求時効があります。

例えば未払いから7年も放置してしまった場合、直近5年分こそ請求できますが、それより前の2年分は時効によって消滅し請求できなくなります。
この現実を知った彼女は「私が悪かったんでしょうか…」とぽつり漏らしました。
もちろん彼女は悪くありません。
悪いのは約束を守らない相手ですが、法律の時間は残酷で、待っているだけでは権利が消えてしまうこともあるのです。
「いつか払ってくれるはず」と我慢している間に時効という新たな壁が迫っている場合は少なくありません。

養育費の時効は10年の場合もあります
「えっ、養育費の時効が10年の場合もあるの?」と驚く方もいるでしょう。
実は、養育費の消滅時効の期間は取り決めの方法によって異なるのです。
夫婦間の話し合い(協議)だけで養育費を決めた場合、たとえ離婚協議書や公正証書に残していても未払い分の時効は5年にとどまります。
これに対し、調停や裁判など裁判所の手続きで取り決めをした場合、未払い養育費の時効は10年となります。
民法169条の規定によれば、確定判決や調停調書といった公的に権利が認められた場合、本来5年より短い時効期間でも一律で10年に延長されるのです。
ココに注意
公正証書による合意はこれに該当しないため原則通り5年で時効になってしまう点に注意が必要です。
実際、私は名古屋市で「公正証書があれば時効は10年延びる」と誤解していたシングルマザーの相談を受けたことがあります。
彼女は離婚時に公証役場で養育費支払いの公正証書を作成し、「これで安心」と思ってしまっていました。
しかし元夫は約束の支払いを滞らせ、6年もの間未払いが続いたのです。
ようやく重い腰を上げて相談に来たときには、最初の1年分(5年を超えた部分)が時効で消滅していました。
事実を伝えると、彼女はポカンと口を開けたまま絶句しました。
「公正証書があるから大丈夫だと思っていたのに…」と茫然自失の様子でした。

ちなみに、裁判で決めてあるからといって「10年あるから余裕」と油断するのも禁物です。
未払い期間が長くなればなるほど請求する総額が膨らみ、相手の支払い能力が追いつかなくなる可能性が高まります。
せっかく時効まで猶予があっても、いざ請求しようとしたときに「額が大きすぎて払えません」と開き直られては元も子もありません。
時効が5年であれ10年であれ、子どものための大切なお金は早めに取り戻すに越したことはないのです。

養育費の取り決めをしていない場合の離婚の落とし穴
離婚時に「養育費はいらない」と強がってしまった方もいるのではないでしょうか。
事実、厚労省の調査では母子世帯の約半数は離婚時に養育費の取り決めをしていない実態があります。
2018年、札幌市の由美さん(仮名・当時30歳)もその一人でした。
彼女は離婚届にサインする際、「お金の無心なんてしたくない」と元夫に養育費を求めませんでした。

しかし、それから5年後に生活は一変します。
お子さんの成長とともに教育費が嵩み、彼女自身も体調不良で収入が激減し、家計は火の車に陥りました。
ついに元夫に「やっぱり養育費を助けてほしい」と電話をかけたのです。
ところが、電話口で元夫は渋い声で言いました。
「離婚のとき要らないって言ったじゃないか。今さら過去の分まで払えと言われても困るよ」
由美さんは愕然としました。
頼みの綱だった過去5年分の養育費が、まるで蜃気楼のように消えかかっていたのです。
相談に訪れた彼女は「私の判断が間違っていた…」と後悔の涙を流しました。

まず、離婚時に養育費の取り決めがなかったとしても、将来分の養育費を請求する権利は消えません。
言い換えれば、お子さんが未成年である限り、いつでも養育費の支払いを求めること自体は可能です。
しかし、過去の養育費をさかのぼって請求するのは極めて難しいのが実情です。
相手が自主的に応じてくれれば別ですが、応じない場合、調停や裁判で請求しても裁判所が認めるのは、基本的に申立てをした月以降の分だけだからです。

「離婚時にきちんと取り決めておけば…」と後悔するケースを私も何度も目にしています。
さらに見過ごせないのは、10年間まったく養育費を請求せずにいると、養育費をもらう権利そのものが時効で消滅してしまう可能性があることです。
10年という歳月はあっという間です。
「いつか請求しよう」「そのうち経済的に余裕ができたら言おう」と先延ばしにしているうちに、文字通り権利がゼロになってしまいかねません。

養育費の時効に打ち勝つための具体策は?
時効が迫っている場合でも、適切な対処を取れば未払い養育費を取り戻せる望みは十分にあります。

内容証明郵便で催告する(時効を6か月猶予)
未払い期間が長期化していて時効成立が目前の場合、まずは「内容証明郵便」を使って相手に養育費支払いの請求意思を示します。
例えば2021年、未払い4年半のケースでは、私はすぐに元夫宛てに「養育費120万円を支払ってください」と明記した内容証明郵便を送りました。
これにより、その郵便が相手に届いた時点から6か月間、時効の完成が猶予されます。

債務の承認をさせる(時効をリセット)
相手に「養育費を払う義務がある」ことを認めさせることができれば、法律上時効は一旦リセットされ、新たにカウントが始まります。
この仕組みを債務の承認と言います。
具体的には、未払い分の一部でも支払わせることができればそれだけで債務承認となりますし、「支払いを待ってほしい」と相手に言わせるだけでも成立します。
実際、私が関わった案件でも、元夫に一部でも振り込みをさせて時効をリセットできたケースが何度かありました。
なお、承認の事実は口頭では後から「言っていない」とシラを切られる恐れがあるため、念書を書いてもらうか、LINE・メールで支払意思を示すメッセージを送ってもらうなど記録を残すことが重要です。

調停・裁判を起こす(法的手続で強制執行も可能に)
内容証明や話し合いで埒が明かない場合、家庭裁判所に養育費請求の調停を申立てたり、訴訟提起するといった法的手段に踏み切ります。
調停や裁判の手続きを開始した段階で、時効の完成は一時ストップします。
さらに調停が成立して調停調書が作成されたり、訴訟で勝訴して確定判決を得たりすれば、その確定日から新たに時効期間(未払い分は10年)がスタートします。
調停中に相手が分割払いや和解に応じれば、今後の支払いを確実にする取り決めを作ることも可能です。

強制執行で回収する(差し押さえで確実に支払わせる)
相手が支払いに応じない場合や判決・公正証書など債務名義を既に取得している場合は、強制執行による回収を検討します。
例えば相手の勤務先が分かっていれば給与を差し押さえ、銀行口座を押さえるなどして強制的に養育費を回収できます。
強制執行の申立てを行えば、その手続きを進めている間は時効が進行しません。
そして差し押さえが完了すれば、その時点から再び新たな時効期間がスタートします。
強制執行は最終手段ではありますが、私の経験上、調停に応じない相手には躊躇せず実行してこそ初めて支払いの意思が芽生える場合も多いです。

希望と未来への提案:最後に伝えたいこと
ここまで読み進めたあなたは、既に大きな一歩を踏み出しています。
もう孤独に悩み、時効に怯えて泣き寝入りする必要はありません。今日という日が、過去を変えるターニングポイントです。
どうか勇気を出して行動を起こしてみませんか?
専門家である弁護士に相談すれば、新たな解決策が必ず見えてくるでしょう。
