焦りと戸惑いが交錯する養育費審判の現場
「先生、私、もうどうしたらいいか…」ーー福岡市の家庭裁判所の待合室。
照明の下で、30代の依頼者Bさんの声は震えていました。

焦燥と不安で胸がドキドキ、頭の中は真っ白。
そんなBさんに私は静かに語りかけました。
「大丈夫、あなたは一人じゃありません」
依頼者と目線を合わせ、私は自身の失敗談も話しました。
実は数年前、私自身が新人弁護士だった頃、同じように悩む母親の相談を受けながらも適切なアドバイスができず、彼女を途方に暮れさせてしまった苦い経験があります。
あのときの悔しさを二度と繰り返さない――そう心に決め、私は目の前のBさんと向き合いました。
あなたも今、不安と孤独でいっぱいでしょうか?

審判という具体的な解決策が、きっと力になってくれるはずです。
最後の砦:調停不成立なら審判という道
離婚後、まずは話し合いで養育費の約束を取り付けようと努力する方がほとんどです。
それでも相手が話し合いに応じなかったり、調停(家庭裁判所での話し合い)が不成立になる場合もあります。
調停で合意できなかった場合、「家庭裁判所の審判」という次のステップがあります。
たとえば私の扱った佐藤さん(仮名)のケースでも、調停で元夫が姿を現さず不調に終わりましたが、すぐに審判手続きへ移行しました。

簡単に言うと「家庭裁判所による判決」のようなものですが、離婚訴訟とは異なり、もう少し柔軟でスピーディーな場面もあります。
調停委員と顔を突き合わせる形式から一転、審判では法壇の上の裁判官が最終判断者となり、公正証書と同等の効力を持つ結果(審判書)が下されます。
私の経験上、調停から審判への移行は自動的かつ速やかに進むことが多く、依頼者に余計な負担を強いるものではありません。
ふと「裁判なんて大げさでは?」と尻込みする方もいますが、審判手続は非公開で行われ、傍聴人もおらずプライバシーは守られます。

審判になったら養育費の金額はどう決まる?
「審判になったら一体いくら支払われるの?」と不安になりますよね。
裁判官は闇雲に金額を決めるわけではありません。
ここで登場するのが「養育費算定表」という強い味方です。
養育費算定表とは、東京・大阪の家庭裁判所の裁判官らが共同研究して作成した、標準的な養育費の目安表で、現在は各家庭裁判所で参考資料として広く活用されています。

参考 養育費の算定表についてはこちらで詳しく解説しています。
具体的には、例えば子どもが一人(0~14歳)であれば、父母の収入にもよりますが毎月約4万~6万円が相場となります。
裁判官は当事者から提出された源泉徴収票や給与明細などの証拠を確認し、算定表をベースに「このケースでは5万円が妥当だろう」といった判断を下します。
もちろん算定表はあくまで目安であり、子どもの特別な事情(私立学校の学費や障がいによる療育費用など)があれば増減もありえます。
しかし大半の案件では算定表の範囲内で金額が決まるため、依頼者にとっても見通しが立ちやすく安心でしょう。
私も依頼者と一緒に算定表を見ながら、「この収入なら大体◯万円くらいですね」と事前にシミュレーションするようにしています。

苦い落とし穴:過去分養育費の壁
ここで一つ、見落としがちなポイントについてお話しします。
みなさんの中には「離婚して数年経つけど、今から過去の養育費をまとめて請求できないの?」と疑問に思う方もいるでしょう。
Bさんもまさにそうでした。
離婚当時、「養育費はいらない」と強がってしまったものの、その後生活に困窮し、後になって過去分を請求したいと相談に来られたのです。

現在の家庭裁判所の実務では、調停や審判を申し立てても、「申立てをした時点以降の分しか認めません」という心証を示されることが多いのです。
理由は2つあります。
- 養育費は本来その時々の子どもの生活費を支えるためのものなので、後からまとめて払っても過去に遡って子どもの生活を支えることはできないこと。
- 何年分も後から一括で請求されると、支払う側にとって不意打ち・過大な負担となり公平でないこと。
こうした観点から、裁判所は「原則は請求時から」というスタンスを取ります。
同業の弁護士たちも「過去分は厳しい」というのが共通認識です。

実は少数ながら例外もあります。
たとえば、有名な大阪高等裁判所平成16年(2004年)決定では、認知された子について父親が認知判決直後に養育費を請求したケースで、出生時に遡って養育費義務を認める判断が示されました。
ポイントは「早い段階で請求の意思を明確にしていたかどうか」です。
このケースでは父親の認知が成立し次第すぐに調停を起こしており、子の出生時から支払いを求める意思が一貫してあったと評価されました。
一般の事案でも、離婚時に養育費を求め続けた証拠(メールや内容証明郵便)があれば、一定期間は遡って認められる可能性があります。
私も必ずと言っていいほど、依頼者には内容証明郵便で養育費請求の意思表示を残すよう助言しています。
「言った・言わない」の水掛け論を防ぎ、将来の審判で有利な主張をするためです。
皆さんも心当たりがあるなら、過去分に固執して時間を浪費する前に、一度専門家へ相談してみてください。

審判を起こすべきか迷うあなたへ
「裁判沙汰にしたら元夫との関係がもっと悪化するのでは?」「審判をしてもどうせ払ってくれないのでは?」そんな葛藤を抱えて二の足を踏んでいませんか?
確かに、法的手続を起こすことに心理的抵抗があるのは自然な感情でしょう。
それでも、私は声を大にして伝えたいのです。
「子どもの権利を守れるのは、他でもないあなた自身」だということを。
審判で養育費が決まれば、それは公的なお墨付きとなります。
相手が支払わなければ、家庭裁判所から履行勧告(約束どおり支払うよう促す通知)を出してもらうこともできます。
それでも尚支払わない場合、地方裁判所で給料や預金を差し押さえる強制執行だって可能です。
実際、私の依頼者でも「養育費なんて払わない」と豪語していた元夫が、審判書を見せた途端に態度を変え、渋々ではありますが支払いを再開したケースがありました。
「裁判所の決定」が持つ重みを痛感した瞬間です。
また近年、国も養育費不払いの深刻さを受けて制度改革に乗り出しています。
統計上、養育費が正しく支払われていないケースは全体の7割にも上るとの報告もあり、こうした社会問題を是正するため、令和6年改正民法では養育費の強制回収を強化する仕組み(先取特権の創設等)が盛り込まれました。
つまり、「払わなくても逃げ得」という時代は終わりつつあるのです。
お子さんの未来のために、一歩踏み出してみませんか?
法律は決して冷たいものではなく、弱い立場のあなたとお子さんを守るためにあります。

きっと背中を押してくれるはずです。