「何か月も養育費を払ってくれないので、もう強制執行しかない…」そんな状況に頭を抱えているシングルマザー・シングルファザーの方も少なくないと思います。
しかし、いよいよ強制執行(差押え)に踏み切ろうとしても、相手の勤務先である会社が「うちは関係ない」と支払いを渋るった場合にはどうなるのでしょうか。
ドキッとする話ですが、果たして養育費の強制執行を会社は拒否できるのでしょうか?

給与差押えの仕組みと効果
まず養育費の給与差押え(給料の差押え)の基本的な仕組みを押さえておきましょう。
養育費の強制執行では、相手が勤務先から受け取るはずの給料を差し押さえることが可能です。
これは法律に基づく裁判所の命令で行われる手続きであり、会社(勤務先)はその命令に従わなければなりません。
裁判所から発せられる「債権差押命令」が相手(元配偶者)と会社に送達されると、その給料の一部について、会社は相手に支払ってはいけない状態になります。

養育費や婚姻費用の場合、債権差押命令が元配偶者に送達されてから1週間が経過すると、あなた(養育費の債権者)は会社に対して直接支払いを請求できる権利(取立権)が発生します。
この取立権が発生すれば、あなたは会社に連絡し、「差し押さえられた給料」を自分の口座に振り込んでもらうよう求めることができます。
言い換えれば、会社は裁判所の命令に基づき、差し押さえられた分の給料をあなたに支払う義務を負うのです。
法律上、会社側が「給料は本人に支払いたいから、差押えには応じない」と勝手に拒否することは許されません。
裁判所の命令を無視することになるからです。

それは「一度の差押えで将来の養育費まで回収できる可能性」があることです。
法律では特別に、未払いとなっている過去分だけでなく、将来の養育費(まだ支払期が到来していない分)についてもまとめて差し押さえることが認められています(民事執行法151条の2)。
通常の債権回収なら支払期が来た分しか差し押さえできず、毎月都度手続きを繰り返す必要があります。
しかし養育費の場合は例外として、一度の申立てで今後支払われるべき分まで差し押さえ可能なのです。
ワンポイント
通常の債務では給与の4分の1(=25%)までしか差押えできませんが、養育費や婚姻費用の場合は特例で2分の1まで差押え可能に拡大されています。

会社が差押えに応じない現実と法律の立場
法律上は「会社は拒否できない」建前でも、現実にはどうでしょうか?
ズシンと胸が重くなる話ですが、実務上、差押えに消極的な会社が存在するのも事実です。
特に従業員数名程度の小規模な会社や家族経営の会社では、社長が元配偶者である従業員の味方となり、「うちの会社では対応しないよ」と差押えによる支払いを渋るケースがあります。
あなたにとっては裁判所のお墨付きで正当な権利行使のはずが、勤務先にこうした態度を取られると「裏切られた」「味方がいない」と感じてしまい、心がざわざわしてしまうかもしれません。

まず押さえておきたいのは、会社の拒否は違法であり基本的に無効だという点です。
裁判所の差押命令が届いたにもかかわらず、会社が「債権者(あなた)への支払い」を拒否することは原則できません。
例えば差押命令を受け取っていながら、「給与は本人に全部支払ってしまったから債権者には渡せない」と会社が言い張るのは通用しません。
そのような支払いは裁判所の命令に反する行為であり、会社側は差押えを無視したままではいられないのです。

命令無視の支払いは法律上認められず、会社は二重払いのリスクすら負うことになるのです。
つまり、「拒否」のつもりが全く法的効果を持たないばかりか、自社の損失につながりかねないわけですね。
とはいえ、それでも現実問題として会社が動いてくれない状況はあり得ます。
差押命令に対して正式な異議ではなくとも、会社が支払いの協議に応じず放置したり、返事を先延ばしにするケースです。

一方で、会社側が「そもそも元夫(妻)はもう当社では働いていない」と主張する場合もあります。
この場合は“拒否”というより、差押え時点で債権(給料)が存在しないため、残念ながらその会社からはお金を取れません。
例えば差押命令の前日に退職していた、あるいは差押命令が届く前に最後の給料を支払ってしまっていた、というような場合です。
これは会社が悪いのではなく、債権執行のタイミング上やむを得ない失敗例と言えます。
このようなときは、相手の新たな勤務先を探すなど次の手を考える必要があります。

例えば「従業員である元配偶者が会社に損害を与えた賠償として給与と相殺したので、支払う給料は残っていない」などと会社が言ってくる場合が考えられます。
もしそんなことを言われたら要注意です!
差押え後に取得した債権との相殺は法律上制限されており(民法511条)、場合によっては会社の主張する相殺自体が無効となる可能性があります。
差押命令が効力を生じた後で後付けのように「帳消しにした」などという言い分は簡単には認められないのです。
会社から「他の借金と相殺したから払えない」と説明されたときは、その「他の債権」がいつ・どんな原因で発生したのかを確認してください。
そして一度弁護士など専門家に相談することをおすすめします。

会社に養育費支払いを拒否された場合の対処法
では、会社が協力してくれない(支払いを渋っている)場合に、いよいよ取るべき手段について具体的に説明します。
結論から言えば、会社側が差押えに基づく支払いを拒むときは、最終的に「取立訴訟」という裁判手続を起こすことで対処できます。

差押えが有効に行われ取立権も発生していることを裁判で立証できれば、会社に対し未払い養育費相当額の支払いを命じる判決を勝ち取ることができます。
裁判所のお墨付きで「支払え」という判決が出れば、さすがに会社も無視はできないでしょう。
それでもなお支払わないような悪質な場合には、その判決自体を新たな債務名義として、今度は会社の銀行口座や財産に対して強制執行をかけることも可能です。
ここまで行けば、会社としては自社の資産から直接お金を取られるわけですから、もはや抵抗は難しいはずです。
実際、「取立訴訟を起こす」と伝えただけで態度を翻し支払いに応じた会社もあります。
あなたとしても裁判は負担が大きいでしょうから、できれば判決を得る前に支払ってもらうのが理想です。
そこで、まずは弁護士を通じた交渉も検討してみて下さい。

訴訟に踏み切るかどうかも含め、早めに弁護士に相談することで最善の解決策が見えてくるでしょう。
ここで疑問に思うかもしれませんが、「取立訴訟にはどれくらい時間と手間がかかるのか?」という点も気になりますよね。
正直なところ、通常の訴訟と同様に数ヶ月~1年程度はかかる可能性がありますし、専門的な手続きも伴います。
それだけに、弁護士など専門家の力を借りてスピーディーに進めることが大切です。
法的手段に移る際の費用やメリット・デメリットについても、事前によく説明を受けて納得した上で進めましょう。
私たち法律家は、依頼者の方の負担をできるだけ減らしつつ確実に養育費を取り戻すために全力を尽くします。

結論
養育費の強制執行において、会社が支払いを拒否できるかという問いの答えは明快です。
法律上、会社に拒否権はありません。
裁判所の命令に基づき、正当な権利としてあなたは養育費を取り戻すことができます。
仮に現場で会社の対応が渋くても、取立訴訟など適切な手段を講じれば最終的に回収は可能です。